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 TOKYO X物語@  English

美味しさと安全生産にこだわった豚肉 




農学博士 兵頭 勲
元東京都畜産試験場長
筆者の紹介
兵頭勲氏は愛媛県出身、東京農業大学大学院農学科畜産専攻。私立駒沢学園女子高校で生物の教鞭をとっていたが、「日本の農業を見捨てることへの抵抗感から農業に携わる仕事をしたい」と、昭和46年に都職員になる。同時に新島で養豚の技術指導、その後畜産試験場で養豚を担当。主任研究員、環境畜産部長、場長を経て平成14年3月退職。PSE肉の研究、系統豚エドの開発研究、高品質豚TOKYO-Xの研究開発など功績多数。両開発では都知事賞に輝く。著書に「江戸・東京暮らしを支えた動物たち」(共著)「畜産大辞典」(同)など。あきる野市二宮在住


TOKYO-Xとは

フジテレビのSMAP×SMAPという料理番組をご存知だろうか。毎回、ゲストを招きSMAPの4 人が二組に分かれて料理を競いゲストに判定を仰ぐという番組。料理を作る過程を織り込みながら、タレントと思えない腕前と工夫を凝らして新作料理も披露するなど人気番組の一つだ。2002年12月、肉料理の競作が放映された。ゲストは食通で知られる俳優の松方弘樹。キムタクこと木村拓哉・香取慎吾組が作った「東京Xのとんかつがダントツでした」と言わしめた。
 
 「東京X」、TOKYO Xとは一体何なのか。 それは何と、東京生まれで美味しい霜降りの豚、養豚農家にとって期待の星、消費者にとっても美味しさと安全生産にこだわった人気の豚肉なのだ。まだまだ販売している店は少ないが、口コミで徐々に広がり、東京だけにしかないという豚肉として、いま、都会の中で静かなブームなのだという。  TOKYO X豚の誕生秘話から多摩の地元で作る安全な豚肉生産の取組み、味の秘密、東京の養豚農家の苦悩と期待、安全生産の難しさ、食肉と健康など、シリーズでお話ししたい。



TOKYO-X 豚

 
北京黒豚
との出会い

東京都と北京市の友好都市技術交流に、私は一研究技術者として参加した。1988年のことだ。そして、北京市農林科学院の歓迎夕食会に招かれ、「北京黒豚」の豚肉と出会った。最初、肉料理を一口食べて、風味が違うことに驚いた。口当たりが非常に良いのだ。脂肪の品質が違う、肉の線維が細かくなめらかだ。別の料理となってもはっきりと肉の特徴がわかる。以前、中国種の中でも子豚を多く産む豚として知られる梅山豚( めいしゃん豚 )を食べた経験があったが、それとも違う感じだ。



北京黒豚のオス
(首から背中に剛毛が見られる)

数日後、特にお願いして市郊外の農場に飼われている北京黒豚を見ることができた。真っ黒い毛をしていた。鹿児島黒豚として味の良いことで知られるバークシャー種にも似ているが、足、顔、尻尾にある白い毛の六白( ろっぱく )がない。後ろ足からお尻にあたる筋肉も少なく、改良半ばと思われる豚であった。しかし、一般の中国種と比べれば、背中が凹まず真っ直ぐでお腹が垂れ下がっていない。最も違っていたのは、雄( おす )の背中から首にかけて剛毛( ごうもう)が見られることだ。野性の猪の名残りである。猪の肉はもともと味は良く、豚に交配してイノブタを作るのに使われているくらいだ。味が良いのはそのためだろうか、野性味の残る黒い豚に興味がわいた。

原石の輝き


北京黒豚の枝肉(えだにく)や肉色も見てみたくて食肉センターに向かった。肉色が淡いピンク色をしていた。豚肉の世界では、淡灰紅色( たんかいこうしょく)が理想とされている。灰色がかったつやのあるピンク色と表現される。目の前の北京黒豚がまさにその肉色であり、現在の日本の豚肉ではほとんど見ることができない。

この豚は肉質改良に使えるかもしれないと、その時ひらめくものがあった。 北京市食肉センターで見た北京黒豚には、欠点もいくつか見られた。背脂肪が厚く、腹の脂肪もすごく厚い。体の長さも短く、ロース肉(とんかつにする部分)が小さい。もし、この枝肉を日本で格付けしたら「並」肉か最下位の「等外」に入る。だが、肉色や脂肪の質は他にない程の良さを持っていることは間違いない。この豚がほしいとの思いを強くした。



北京黒豚のメス

世界の豚品種の約80% が中国にいるとされている。北京の研究者に、中国種で美味しい豚の品種は何かと尋ねると誰もが香猪( こうちょ)であると言う。そして、ハムをつくるなら金華豚( きんかとん)であるという。北京黒豚は中国においては美味しい豚という分類ではないらしい。

それから1 年半後の1990年3 月、北京黒豚7 頭が東京都畜産試験場に着いた。希望がかなって北京市農林科学院畜牧獣医研究所から寄贈されたのだ。

 この話はとんとん拍子に進んだ。お返しは当初、改良の進んだランドレース種の「エド」豚が欲しいと言われた。エドは約10年の改良で造り上げた人気豚であった。しかし、日中双方の検疫にかかる費用が大きいことがわかり、北京市の希望で肉質分析機器を八王子市のメーカーから送ることにした。ところが、送る直前になって問題が発生した。機器についている計算用パソコンがココム( 対共産圏輸出統制委員会・1994年まで存在した) 違反の恐れがあると言うのだ。


当時、NEC のPC98が分析機器に付いていた。その下位の機種、PC88なら該当しないことを知り、メーカーに無理を言ってPC88と対応ソフトに代えて貰った。今では考えられない。

日本にはじめて来た北京黒豚について畜産試験場ではいろいろ調査した。

国内での発育性や繁殖性( 何頭の子供を産み、子育てはどうか )、肉質、中でも肉の味は北京市で体験したと同じだろうか、脂肪の質や厚さはどうか、期待と不安の中で調べた。

 1 年後に結果は出た。一番驚いたのは、発育が予想に反して速い豚であったことだ。また、肉の味に大きく影響するとされる筋肉内脂肪(霜降り)が多い個体がいることや、日本の配合飼料で飼っても脂肪が純白で餅のように粘りがあることもわかった。そして、北京黒豚間に生まれた子供の毛に、はじめ白色でやがてキツネ色になるものが出るなど、初めて経験する北京黒豚の特徴を知ることができた。発育については北京市農林科学院でのデータよりはるかに良い成績であった。その理由を考えたが、おそらく日本の配合飼料の質が優れていること、豚舎や気温などの良い環境が大きな理由であろうと思われた。


北京農林科学院での会食会。
兵頭氏と北京黒豚肉との出会い。


味については客観的に判断する必要があると考え、都立立川短期大学食物科の女子学生に味覚検査をお願いした。つまり、一般豚肉と食べ比べてもらった。結果は予想したとおり、北京黒豚肉が圧倒的に美味しいと判断された。これで味については自信が持てた。  

生まれた子供の数も多かった。初産(初めてのお産)では一般の白豚、LW( ランドレース×大ヨークシャー) が平均10頭であるのに、北京黒豚は平均12頭も生まれた。子育ても少し違った。哺乳期の子豚を計量するため人が抱き上げると、母豚は人に向かって突進して来た。改良が進んだ豚ではほとんど見られないが、子供を守ろうとする本能が強く残っているのだ。猪ではこうした本能がよく見られ、子育てのときは近づかないのが常識だ。

母性本能が強すぎるのは、子育てはうまいが、人が世話をする豚としては欠点になる。さらに、背脂肪と腹脂肪が厚い。これを解決しないと肉屋さんから相手にされない。なぜなら、精肉の販売には余分な脂肪を切り落とすので売れる赤肉の部分が少なく、歩留りが悪いのだ。  

真っ白で粘りのある脂肪の品質の良さや霜降りが多い個体がいることが確認できたことで、美味しい豚肉である新しい豚を造る自信がついた。霜降りが多いという特性は全く予期しなかった。大変嬉しい報告であった。
    


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