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 TOKYO X物語A  English

美味しさと安全生産にこだわった豚肉 




農学博士 兵頭 勲
元東京都畜産試験場長


Xプロジェクト始動


当時、東京の養豚農家が次々に廃業するという追い詰められた状況があった。それを解決するため、何としても新しい豚を造り出そうと心に決めた。当然、北京黒豚を改良の素材豚の一つとする計画を作った。  畜産試験場は研究機関ではあるが役所でもあり、この時期、農家の減少にともなって研究予算の査定は厳しく、新規の予算の獲得は容易ではなかった。それにもかかわらず、話が具体的に進み、美味しい豚を造るための予算がついた。

 X豚プロジェクトと呼ばれた。口の悪い人からは何ができるかわからない未知のXだねと言われた。自分では十分な準備をした研究計画であったが、本心はうまく出来るだろうかという不安と、農家の期待に応えなければならないという気持ちで、背負った肩の荷は重かった。

 それも当然と言えた。何しろ品種間の交配で豚を改良するのは日本で初めてだったのだ。

 家畜の改良を担当する農水省からは、当初反対された。今まで誰もやっていない、もちろん国の研究所もやっていない。地方の研究機関に、成功するかしないかわからないリスクのある改良は許可できないと。 しかし、引き下がらなかった。東京の養豚農家の経営が成り立つような新しい豚を今何としてもつくる必要があるとの信念を通した。


東京都畜産試験場

筑波にある農水省畜試に足を運び、育種部の西田朗・古川力両博士から、最新の世界の豚肉研究やアドバイスを貰って選抜計画を作った。また、集めたデータから改良量を計算してシミュレーション(模擬実験)したり、佐藤正寛博士の開発したばかりの新しい改良プログラムソフトを用いて5世代選抜する具体的な計画を練り上げていた。

 幸運であったのは、当時わが国の豚改良の指導的立場にあった元農水省畜試場長の阿部猛夫博士の応援を頂いたことだ。ほどなく条件つきで許可された。

 それは、改良途中のデータの公開であった。隠す必要もなかったし、消費者に知って貰える機会にもなるので情報公開はむしろ望むところであった。



黒豚の味覚の良さ


鹿児島黒豚はもともと英国原産のバークシャー種であるが、正確には沖縄や奄美地方の真っ黒い「島豚」の血が入っていると言われている。鹿児島黒豚が少し小型で味が良いのはこのためであり、長い間、鹿児島の風土と人によって脈々とはぐくまれてきたと言われているのだ。ルーツは距離的には近い東南アジア系ではなく、中国大陸系と推測されているのも面白い。

 鹿児島黒豚の特徴は、何と言っても肉の味が良いとされていることだ。肉のほど良い弾力性、脂肪の質、噛みごこちの良さ、肉の甘さなど、餌にさつまいもが給与されると真っ白い脂肪がつき、黒豚の味はいっそう良くなるとされている。

 味の良い豚を造ろうと考えれば、このバークシャー種を抜きには考えられない。そこで、鹿児島県に紹介して貰い鹿児島黒豚を導入した。また、バークシャー種の純粋種として、英国からも直輸入した



バークシャー

 三つ目の品種として、米国原産のデュロック種を選んだ。その理由は、発育が速く背脂肪は薄いという産肉性(短期間に多くの赤肉を作る能力)が優れている近代品種でありながら、不思議な特徴を持っているからだ。それは、筋肉内脂肪(霜降り)が高いということだ。この品種がなぜ高いかの理由はよく分かっていない。おそらく品種の成立が関係しているためだと思われる。こうして美味しいとされる豚の三品種を集めることができた。



デュロック



原産国は英国、中国、米国の豚になった。この豚を互いに交配して選抜を繰り返し、日本の豚を造り出そうというのだ。



世界初の霜降り豚に挑戦

牛肉の霜降りは有名であるが、他の動物では聞かれない。まして豚は厚い脂肪で覆われている。大衆肉の代表とされる豚では霜降りなど考えられないと言うのが一般的だ。しかし、美味しい豚肉を造るなら、霜降りを検討してもいい課題ではないかと考えてみた。


豚肉の改良の歴史を調べてみたが、豚肉の味を改良した経験は世界中探してもないことがわかった。 意外だと思われるかもしれないが、美味しさの定義は難しく、豚肉の味を改良するなど、もともと無理だと考えられていた。無理だと言われれば、やってみたくなる。

 誰もやってない美味しい豚肉づくりに挑戦しようとするのだから大変さは覚悟した。この研究の前にエド豚を造ったが、その時、ある人から、豚の改良には休日はもとより昼休みもないと思えと言われたことが忘れられない。確かに、豚のお産では徹夜でとりあげることが多かったし、参加した30戸の農家の豚の測定で昼休みもなかったことを思い出した。

生き物は死ぬことがあるし、病気にもなる。少しも気の抜けない作業が続く。おまけに新しい豚をつくるには約10年の改良期間がかかるとされているのだ。

近年、育種改良技術が進歩し、スキャナー( 超音波診断装置) やコンピュータが著しく発展していることがこの改良には大きく貢献した。スキャナーは、赤肉量と関係のあるロース肉( 胸最長筋 )の大きさを簡単に測定できる。つまり、生きた豚を保定してスキャナーでロース面積を測定し、ロース肉の大きい豚がすなわち赤肉の多い豚であるので、容易に見つけることが出来る訳だ。




TOKYO-X豚の親子

これまでは、と畜してから測定しており、良い候補豚として残したくても、残せなかったのだ。そこで、どうするかと言うと、豚の兄弟数の多い事を利用して同腹兄弟から候補を残した。何世代か選抜すると改良は進む。しかし、兄弟の違いから、良い豚を選んでも改良効果が低い。でも、それは仕方ないことだった。

他にもいろいろ指標があって、おしりの筋肉(ハムとも言う)の大きい豚を選んでいくと、筋肉量が徐々に多くなり赤肉割合の多い豚を造り出せることは実際に証明されているのだ。

 野球選手はお尻の大きいことが一流選手の条件と言われることがある。お尻が大きいことは筋肉が多くついており、速い球を投げたり、強い打球が飛ばせるなど強い力が出せるという訳だ。

競争馬のサレブレッド種の改良は、足の長い馬を選んでいったところ、だんだん背が高くなり、結果として、速い競争馬を作り出せたという例は有名な話である。

ただ、豚の場合、改良をくりかえして赤肉量をどんどん増やす事は良いことだけとは限らない。

ベルギーのピエトレンという豚はより筋肉質に改良した結果、赤肉割合は高くなったが、ムレ肉( 肉色が白っぽく肉汁が多く出る異常肉 )になりやすい体質を持つ豚となってしまった。

さらに、肉質に関する最大の欠点は味が落ちるということだった。味と脂肪量とは密接にかかわっていたのだ。他にも筋肉質になると足が弱くなってくる。このことは私たちは身をもって経験している。

 改良技術の向上により、豚が歩くにも不自由なほど筋肉をつけることが可能となっている。


 コンピュータの発達は急速で、当初、農水省の計算センターの大型コンピュータで計算した選抜豚の総合能力の計算が研究の途中からパソコンに変わった。

豚肉もこれからは一層の美味しさや安全性が求められてくる。そういう豚肉を作れば消費者にも喜ばれ、付加価値がついて有利に販売でき、養豚農家も救えると考えた。今改めて考えて見ると、東京には味覚の鋭敏な消費者が存在し、より安全性が求められている。そこに地元、東京の豚肉の出番があったと言えるのかも知れない。


    


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